060529 on 14:40

■東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜 / リリー・フランキー

東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜 今さら感アリアリですけども。
 だくだく泣きました。えぇ、そりゃもう泣きましたとも。
 
 リリーさんのオカン(と、時々オトン)のお話。
 読んだ人が大半だと思うけど、読んでない人はすぐ読むべし。
 自分が親不孝だと、ちょっとでも思う人は必読。
 親孝行しないとなぁ、なんて漠然と思ってる人は必読。
 そんな本。
 
 
 このお話が、マウチに突き刺さったのは、
 きっと実体験が重なってしまうからなんだろうなぁ。
 
 
 マウチのオトンは、マウチが小学校一年生に入学してすぐ亡くなった。
 
 気がついたらオトンは入院していて、お腹に大きな手術の跡をこさえて一時退院して、
 そして再入院して、帰ってきたと思ったら、顔に白い布をかけて家で寝ていた。
 
 
 入院していたとか、癌だったとか、そんなことは知っていた。
 知っていたけど、詳細は全く知らなかった。
 
 数年前に実家に帰ったとき、オカンのクローゼットに蒔絵の箱を見つけた。
 いろいろな証書や印鑑が入っていたので、すぐにしまおうとしたけれど、
 その中に小さな古い手帳があった。
 オトンが入院しているときに、オカンが書いていた日記だった。
 
 どんな思い込みかは判らないけど、オトンはかなり長く入院していたものだと思っていた。
 だけど、実際はたった3ヶ月弱。
 オカン曰く「お腹開いて、こりゃダメだってことになって、すぐ閉じただけ」の手術。
 それが、オトンと、家族の闘病生活だった。
 
 
 オトンが一時退院してきた日。
 それまで家にいなかったのを不思議に思わなかったけど、
 オトンが帰ってきたことで、たぶんマウチはウキウキしていた。
 入院して家にいなかったことは全然覚えていないのに、ウキウキしていた記憶があるので、
 おそらく子供ながらに何か察していたんじゃないかと思う。
 
 夕方、オトンと一緒にお風呂に入った。
 オトンの胸からヘソにかけて、大きな傷が一筋。
 おそらく無邪気に訊いたと思う。「パパ、これなあに?」
 オトンがちょっと哀しそうに微笑んだのを覚えている。
 あ、悪いこと訊いちゃった、みたいな気持ちになったのを覚えている。
 
 そしてまた、オトンは家からいなくなった。
 初めてマウチがお見舞いに行ったとき、オトンは大部屋の窓際のベッドに寝ていた。
 オカンがリンゴをむいて、オトンと一緒に食べた。
 話したことは覚えていない。
 けれど、オトンの腕にたくさんチューブがくっついているのが、不思議だった。
 
 入院、ということが何なのか、その頃のマウチには全く理解できていなかった。
 当時は祖父母や叔父とも同居していたし、従姉妹も近所に住んでいたので、
 とにかくいつも家の中にはたくさん人がいた。
 そのおかげで、幸か不幸か“寂しい”という感情が、あまり芽生えなかったのかもしれない。
 
 次にお見舞いに行ったのは、マウチの小学校入学式の日。
 ピンクのワンピースで、赤いランドセルを背負って、学校から病院に直行した。
 もちろん、オトンに見せるためだ。
 オトンはニコニコしてマウチの頭を撫でてくれた。
 同室の患者さんにも「入学おめでとう」を言われた。
 だけど、前にお見舞い来て一緒にリンゴを食べたときは長い時間いられたのに、
 この日は早々に帰らなければいけなかった。
 断片的な記憶を辿ると、オトンはこの日、窓際のベッドにはいなかった。
 おそらく、リンゴを食べた日からこの日までの間に、何かあって病室を変わったのだと思う。
 
 
 その次に病院に行くと、オトンはオトンではなくなっていた。
 屈強で、いつも豪快に笑っていたオトンが、
 ヒョロヒョロとやせ細り、喋ることもできなくなっている。
 骨と皮だけになった腕には、前よりもチューブがたくさん刺さっていて、
 プラスチックのマスクをしていて、ベッドの周りには何かの機械がたくさん置いてあった。
 子供でも判る、異様な雰囲気。
 
 祖父が「ほら、パパと握手して」と、オトンの手を取ってマウチに差し出した。
 オトンは、精一杯身体を起こしたつもりで、頭がようやくほんの少し持ち上がっただけ。
 窪んだ目でマウチをまっすぐに見つめて「アー、アー」と唸っている。
 
 きっと、薄れゆく意識の中でも“娘がきた”ということが判ったんじゃないかと思う。
 本当は身体を起こしたかったんだと思う。
 頭を持ち上げることしかできない自分が、悔しくてもどかしかったと思う。
 
 それなのに、マウチはその手を振り払った。
 あまりに骨ばったその手と腕が怖くて、振り払ってオカンにしがみついて、泣いた。
 
 あんな腕はオトンじゃない。
 オトンはあんなに痩せてない。
 オトンはもっと力強い。
 オトンは片手でマウチを抱っこしたり、肩車したりしてくれる。
 骸骨のように頬が痩けたりしていない。ギョロリとした目つきじゃない。
 ベッドに横になって動けなくなってるなんて、オトンじゃない。
 あれは、オトンじゃない。
 
 
 次にオトンに会ったのは、自宅だった。
 朝起きて、客間にスリッパがたくさん並んでいたので覗いてみると、
 親戚や近所の人たちが、“何か”を取り囲んで泣いていた。
 マウチが起きてきたことに最初に気付いたのは、祖母だった。
 マウチの顔を見ると、祖母は声にならない声で泣き声をあげ、さらに泣いた。
 親戚や、オトンの兄弟姉妹や、オカンが、マウチを見て泣いた。
 マウチに何て説明したらいいか判らなくて、と言って泣いた。
 皆が取り囲んでいた“何か”を、伯父が見せてくれた。
 伯父がそこにかけていた白い布を外すと、鼻に綿を詰めた白い顔のオトンがいた。
 
 マウチも泣いた。
 オトンが死んだ、ということを理解して泣いたのではない。
 皆が「マウチ、マウチ」と言って泣くので、泣いた。つられて泣いた。
 父っ子だったマウチと、マウチを溺愛していたオトンのことは、そこにいる皆が知っていた。
 誰もが泣いていた。
 
 
 オトンの手を振り払ったあの日。
 あれが、生きているオトンに会った最後だった。
 
 
 思い返せば、あの日、オトンは個室にいた。
 リリーさんのオトンも言っているけれど、個室はもう、ヤバい。
 個室にいたということは“いつ何があってもおかしくない状況”だったということだ。
 
 リンゴを食べた日、入学式の日、最後の日。
 いつもオトンは違う病室にいた。
 そして、リンゴを食べた日から最後の日までは、本当に短い期間でしかない。
 開いて閉じただけの手術だったことを聞かされたオカンは、どんな思いでいたのだろう。
 
 
 手を振り払った最後の日が、いつなのかは知らない。
 おそらく亡くなる数日前くらいだったのだろう。もしかしたら、マウチの誕生日かもしれない。
 あれは、もう、面会ができる最後のチャンスだったのだ。
 
 あの日のことは、今でも悔いている。
 何故手を振り払ってしまったのだろう。何故握り返さなかったのだろう。
 戻れるものならあの日に戻って、オトンに何か声をかけたい。
 悔いても悔いても、尽きることはない。人生最大の後悔。
 
 
 そんなオトンの命日は、明日。
 28年前の今日、オトンは最高に苦しんでいたはずだ。
 
 そして、気がつけばマウチは、今年、オトンの歳を越えてしまった。
written by march | Comment(2) | TrackBack(0) | ■Reviews
■Comments for This Entry
marchさま

小学生のmarchさんにそれを後悔させるにはあまりにも若すぎます。
そのときにはそれしかできなかったのです。
だからそれでよかったんです。

今のmarchさんが、そのときのmarchさんを認めてあげて下さい。
だって、お父さんは今のmarchさんを見て悲しむ訳がありませんから。
こうやって、いつまでも父の存在を思い出してくれるmarchさんをきっと見守ってくれているはずです。

・・・朝から読んじゃったんで。あーっ、遅刻するっ!


Posted by Daikichi at 060530 on 07:00
■ダイキチさん
うん、ありがとう。小学生っていっても、ちょっと前まで幼稚園だったような頃だからねぇ。
何も理解してなかったのが、もしかしたら親たちにも救いだったのかもしれない。

歳を重ねるごとに、オトンを思い出すタイミングと期間が長くなるんだよね。
不思議なことに。

ってか、ダイキチさん、いつも朝派だね。
Posted by march at 060530 on 13:24
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